柳田国男の『海南小記』
『雪国の春』と並んで柳田国男の名紀行文として
知られている『海南小記』。
これは、南九州・沖縄へ旅したときの紀行文だ。
その序文では、異国地から来て、
日本の民族について深く研究した
チェンバレン教授について書かれている。
すでに第一線から退いたチャンバレンは
ジュネーブで静かに隠居生活を送っていたのだが、
柳田もまたジュネーブに出張中であった。
本書が「ジュネヴの冬は寂しかった」と
始まるのはそのためだ。
この序文は、静かな筆致ながらも、
著者の並々ならぬ意欲を感じさせるものになっている。
自分も本を書くときは、序文に心を砕くが、
変に力が入ってしまうときもあり、なかなか難しいのだ。
柳田は自分の今回の執筆について、
序文でこんなふうに表現している。
「事業は微小なりといえども、
やがて咲き香う(におう)べきものの蕾(つぼみ)である。
歌い舞うべきものの卵である」
本を書き記す、ということは、
どんなジャンルにおいてもこのような意気で
行われるべきではなかろうか。
良い文章には、いつでも普遍的なメッセージが
潜んでいる。
知られている『海南小記』。
これは、南九州・沖縄へ旅したときの紀行文だ。
![]() | 海南小記 (1956年) (角川文庫) (1956/06/10) 柳田 国男 商品詳細を見る |
その序文では、異国地から来て、
日本の民族について深く研究した
チェンバレン教授について書かれている。
すでに第一線から退いたチャンバレンは
ジュネーブで静かに隠居生活を送っていたのだが、
柳田もまたジュネーブに出張中であった。
本書が「ジュネヴの冬は寂しかった」と
始まるのはそのためだ。
この序文は、静かな筆致ながらも、
著者の並々ならぬ意欲を感じさせるものになっている。
自分も本を書くときは、序文に心を砕くが、
変に力が入ってしまうときもあり、なかなか難しいのだ。
柳田は自分の今回の執筆について、
序文でこんなふうに表現している。
「事業は微小なりといえども、
やがて咲き香う(におう)べきものの蕾(つぼみ)である。
歌い舞うべきものの卵である」
本を書き記す、ということは、
どんなジャンルにおいてもこのような意気で
行われるべきではなかろうか。
良い文章には、いつでも普遍的なメッセージが
潜んでいる。


