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電通の仕事に編集者は耐えられるか

電通で違法な長時間労働が常態化していた――。女性社員の方が自殺したことで、そんな事実が明るみなり、社会的に問題視されています。

マスコミ全般そうだとは思うのですが、出版業に携わる人たちも、長時間労働に陥っているケースが少なくありません。そんなわけで、電通事件の影響で、消灯が早くなったような出版社もいくつかあるようです。労働基準法違反の疑いで、立ち入り調査なんて入れば大変ですからね。
 
しかし、電通の件は、長時間労働そのものはもちろんですが、その内容があまりといえば、あまりだなという感想を僕は持っています。とりわけ、朝日新聞が報じていた、以下の内容には、戦慄しました。

 
電通では、社内の飲み会の準備をする幹事業務も新入社員に担当させており、「接待やプレゼンテーションの企画・立案・実行を実践する重要な訓練の場」と位置づけている。飲み会の後には「反省会」が開かれ、深夜まで先輩社員から細かい指導を受けていた。
 
 
飲み会のあとの反省会とか、意味がわかりません。どんな長時間勤務が平気な編集者でも、これに耐えられる人は少ないのではないでしょうか。もともと、そういう体育会的なノリが苦手で、出版業界を選んでいる、ということもあると思うので……。
 
どちらかというと、長時間労働にスポットライトがあたって「早く帰らせよう」という流れになっていますが、それ以前に、意味のわからん仕事をやらされるのは、とても苦痛でしょうね。そちらのほうが問題ではないかなと思います。



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格差なき病、それは梅毒

『〇〇の世界史』というタイトルの本もいささか食傷気味ですが、『性病の世界史』は面白いです。草思社が2003年に発行した『王様も文豪もみな苦しんだ性病の世界史』という本が、2016年2月に文庫化されたもの。
 


文庫 性病の世界史 (草思社文庫)


著者は1971年、ドイツに生まれたピルギット・アダムという作家で、女性なんですね。中世の浴場や村の男女が集まる紡ぎ部屋、そして、協会の懺悔室までも、男女の欲がうずまいており、性病の温床になっていた……。そんな中世ヨーロッパの乱れっぷりを、冷静な筆致で綴っています。

性病は身分の差に関係なく、農民から王までを苦しめました。著者はこんなふうに書いています。


「梅毒は上下のへだてなく万人平等に感染するデモクラティックな病気であった。この病気は兵士や流れ者や娼婦といった、いわば社会の底辺だけに猛威をふるったのではなく、やがて社会の最上層にまで巣食うようになったのである」


宮廷病=梅毒、そんな時代だったとか。そして、芸術家や文豪も、また梅毒に苦しみました。ボードレール、ベートベン、ハイネ、シューベルト、オスカー・ワイルドなど。もちろん、これは一部ですよ。

翻訳家の瀬野文教さんの訳が、非常に読みやすい。翻訳本は訳次第で大きく変わるので、訳者から本を選ぶのもいいかもしれません。性病の窓から、ヨーロッパをのぞいてみれば、という恐ろしくも刺激的な本です。




仕事が進まないときにゲーテならどうする?

偉人エピソードは数あれど、そこからどんな教訓を得られて、どんなふうに活かせるのか。

そんな視点から、斎藤学さんは、『座右の諭吉』『座右のゲーテ』という新書を書いています。言うまでもなく、『座右の諭吉』は福沢諭吉について、『座右のゲーテはゲーテについて書いています。彼らの著作から、今の私たちがよりよく生きるための処世術を導いています。

斎藤さんらしく分かりやすい文章で、自分の経験とも照らし合わせながら、彼らが言わんとしたことはこんなことではないかと、読者と読み説いていく。何やら諭吉やゲーテが、身近な存在に思えてくる、良書だと思います。手軽に読めて、書いてあることは、深い。


座右のゲーテ -壁に突き当たったとき開く本 (光文社新書)

 
たとえば、仕事が思うように進まないときは「まずは扱う対象を小さく区切っていくことが肝要だ」と斎藤さんは書きます。それは、ゲーテのこんな言葉からです。

「一番よいのは、対象を十か十二くらいの小さな個々の詩に分けて描くことだろうね」

一つ一つ、達成感を持ってクリアしていく。その小さな一歩の積み重ねが、大きな事業を成し遂げることになります。偉人たちの業績もまた、そんな地道な毎日から生まれることを教えてくれます。

ムズカシイ仕事は、とりあえず分けて考えてみると、活路が見えてくることでしょう。


居場所をいくつか持つということ

児童館や学童クラブごとでの対抗チームを組んだサッカー大会が、地元で開かれました。

かなり寒かったけど、子供たちは元気に走り回る、走り回る。
大会は盛り上がって、敗戦に涙を見せる子どもたちの姿も。
この大会を目標にしてきたチームもあったみたいです。

私の息子は、普段は小学校のチームに属しているので、この大会のために新しいチームに参加。
緊張してか、いつもよりプレーがしにくそうだったけど、予選も突破してよい経験になりました。
今は小学校が楽しくて仕方がないようで、それ何よりですが、今回のように外の場に出ていくことも大切だなあと。
 
子どもだけじゃありませんね。大人も居場所を複数持つのがいい。

最近は、会社をリタイアしたあと、地域活動に力を入れている人も多い様子。
会社のときの経験を、地域に活かす。マンションの役員として活躍してる人もいます。
とてもいい傾向だなあと思いますが、会社をリタイヤする前から、地域にコミットメントできればよりよいです。
 
男性はどうも新しい場に馴染むのが年々不得手になるようで、介護施設を取材したときも、女性のほうが圧倒的に、施設での友達づくりがうまいのだとか。
男性は、会社員時代の肩書きや立場での物言いが、無意識下で出てしまうこともあるようです。

人はどうしても慣れてしまうことから避けられないけど、いくつか居場所を持つことで、それぞれの居場所の心地よさも見えてきます。
 
今年もなるべくたくさん場に出ていこうと、垣根を超えたサッカー大会を1日、観戦して思いました。



討論ではない「座談会」が日本人にはよく合う

インタビュー、対談をまとめるのが、三度の飯より好きなワタクシ…・・。
いや、さすがにそれは言い過ぎですかね。
でも、自分で文章を書くのは、全く違う筋肉を使っている感じが心地よいのです。

人数が多い座談会となると、一人一人の発言量は減るけれども、流れを作る楽しさはさらに増すような気がします。
視点が増えますからね。

そんな座談会って、日本の雑誌でやたらと多い形式なのだ。
今日の座談会の設計をつくったのは、文藝春秋の創業者、菊池寛。
菊池寛は言います。

「多くの権威を一堂に集めて、短時間に意見なり思想なりを発表してもらう便法は、座談会の功績で、恐らく新聞雑誌の続く限り、座談会と云う形式は永久に続くであろう」

この予見通りになっているといえるでしょう。
そんな「座談」について、掘り下げたのがこの一冊。



座談の思想 (新潮選書)


紹介されている外国人パネリストの座談会評が実に面白いんです。
なんでこんなものが日本では主流なのか、という感じなんですな。

「首尾一貫していて、よく練り上げられ、よく考え抜かれた議論が不在」

「『座談会』は、実際には衝突を起こす話題を排除することによって、コンセンサスによって成立するイデオロギーを強化している」


手厳しいご意見、そのとおりだなあとも思います。
人選の段階で、本格的な衝突は避けるメンバーを集めるのが常ですしね。

しかし、そもそも座談会とはディスカッションではないところに醍醐味がある。

以下、本書より。

「ここで生まれる関係とは、相手に対する譲歩ではない。
さりとて真っ向から対立している訳でもない。
向こう側の意見に何がしか自分が気付かされるところがあり、それによって生じる思わぬ話の展開に身を任せるという、まさに会話の持つ弾力性によって裏打ちされた自在感に富むものである」


相手の思想に触れながら、自分の思想と類似点と差異に改めて着目する。
そのことで、自分自身への気づきが生まれることもある。

必ずしも明確な結論を出そうとしないところも、座談会の面白いところなのだ。



著作一覧
プロフィール

真山知幸

Author:真山知幸
真山知幸。執筆業。著書に『大富豪破天荒伝説』(東京書籍)、『君の歳にあの偉人は何を語ったか』(星海社新書)、『天才100の名言』『不安な心をしずめる名言』(PHP研究所)、監修に『恋する文豪』(東京書籍)など。他の筆名含めて著作は計23冊(うち監修2冊)。名古屋外国語大学で現代国際学特殊講義など。
【メール】
mayama.tomoyuki(at)gmail.com
※ (at) は @ に置き換えて下さい

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